1968年から始まった店は、いつしかアーティストが集う場所に


創業当時の西麻布のお店
創業当時の西麻布のお店

植田豊(通称マスター)は島根県邑智子郡邑南町出身。

ホテルニュージャパンにてフランス料理を学ぶ。

その後、アメリカ・ヨーロッパをヒッチハイクで周り世界の味を知る。

1968年、25歳で西麻布に「キッチン一億」をOPEN

当初はわずか8席足らずのカウンターのみの定食屋。

その後、味が評価され市ヶ谷のCBSソニーレコード(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)の社員食堂なども手がける。

ある日、とある鉄板料理で食事中に「ヘルシーな豆腐を焼いてみたら美味しいのでは?」という閃きからトーフステーキが誕生。

1972年六本木に無国籍料理「トーフステーキ 一億」OPEN。

2年後、ギターリストのカルロス・サンタナが日本に来日した際、一億でトーフステーキを食し、

話題の店となり、毎晩長蛇の列ができるほど大盛況となった。

カルロスサンタナ、横尾忠則、マスターの若かりし3人が一緒に写った当時の貴重な写真が今も一億に大切に飾られている。

その後、原宿セントラルアパートに2号店「めしや一億」広島にスパゲティハウスなどを手がける。

現在は六本木本店のみ継続。

 

原宿セントラルアパートは現在の東急プラザ表参道原宿のある所。

当時アパートにはカメラマン、コピーライター、イラストレーターなどのクリエーターが多数入居、ここに事務所を構えることが文化人のステータスだった。

 


無国籍料理

現在の六本木店
現在の六本木店

六本木駅近くに店を構える、1968年創業の元祖トーフステーキの店。

看板メニューの「トーフステーキ」を始め「マグロの生姜焼き」「牡蠣めし」など、独創的なメニューが揃っています。世界中を自らの足で歩き、美味しいものを追求し続けることで、日本料理と海外の料理が入り混じったオリジナルの味が構築され現在に至ります。和洋中、その他国籍をを問わないまさに無国籍料理の店として今もなお進化し続けてます。

そして、「美味しいもの」と同時に「体に良い食材」も同時に追求し続け、野菜や調味料などはできるだけオーガニックのものを使用。化学調味料はもちろん不使用です。

創業から半世紀を迎えました。

場所柄、外国の方も大変多く、世界中から多くの人にお越しいただいております。

現在も74歳のマスターが毎日河岸に出向き、自らの舌で原料を見分け、そして今日もキッチンで腕を振るっています。

平日のランチもおすすめです。